2018年04月19日

目的を持って生きること

久しぶりに会った大学時代の友人に、お前はいいよな…好きな事して生きていけて。俺なんか車のローンに子育てあるし、奥さんから色々言われるし…
との愚痴を聞いた。
もう数年前の話だけど。

私は答えた。
なら、好きな事したら?
彼は答えた。
喫茶店したかったけど、子供の事考えると…後は奥さんが…

何か好きな事をする事を後回しにする人は多い。
友人が言っている事も理解は出来る。
でも、時間は有限だから何か理由をつけて後回しにしたり、今の状況を嘆いて何もしないのは何かを言い訳にして逃げているに過ぎない。
好きな事を続ける事は大変で沢山のリスクを背負う事を知っているのだろう。
だから、先延ばしにしたり言い訳をしたりするのだろうが、時間は無くなります。
人生は誰かの為だけに生きるのでは無くて、自分の為に生きることも大切です。

今、人生が終わってもやり残した事ありませんか?
作品を作っているなら、その作品が貴方の遺作になるのです。
それが貴方の遺作で後悔しませんか?
私は毎回、遺作を制作している気持ちで対峙しています。
何年も前から。
言い訳は必要は無い。
作品は貴方の全てを語ってくれますからね。
posted by くま at 10:31| Comment(0) | 日記

2018年03月15日

半世紀

自分が半世紀生きると考えてはいたけれども、本当に半世紀生きて見ると、沢山色々な事があったなぁと感慨深くなります。
そこそこの病気や怪我をしたし、沢山の人と会って別れて、とりあえず苦労もして頑張って、沢山の景色も見たなぁと思い返します。
幸せ?感謝?もちろんしてますし感じています。
時代の流れも感じます。 
いつの間にか、日常には自分よりも若い人が増えて、気を使って頂けるようになり、有り難いのです。
僕が子供の頃や若い頃に活躍した芸能人や著名人が徐々に亡くなっていく。
親や親戚も同じ様な状況ですので、
残念で寂しい気持ちになります。
半世紀生きてると、あと四半世紀生きれるのかな?
と、考えてしまいますね。
ただ、ずっと変わらないのは1日1日を大切に生きる事。
好きな事が出来て続けていけるのは、周りへの感謝ですね。
ありがとう。
半世紀。
posted by くま at 12:54| Comment(0) | 日記

2018年02月23日

プライド

人に絵を教えていて、厄介に感じつつも無いと困るのが、プライドです。
誰にでもプライドはあります。
ただ、私が要らないと考えるプライドがあります。
自身の絵を変えれないプライドです。
人には向き不向きがあります。
向き不向きは、始めは自身では分からないモノです。
20年近く教えてきて、創作を諦める人は必ず自身の絵を変えれないです。
そうして創作を諦める時の理由に、結婚、就職、親、精神的疾患をあげてきます。
全ては夢や目標を諦める理由になるでしょうか?
諦めない人達も、何かしら同じ事で悩んでいます。
でも、諦める人と諦めない人とは何が違うのでしょうか?
それは利己的なプライドがあるかどうかです。
利己的とは何でしょうか?
自分自身のことだけを考え、他人のことを考えていない事です。
他人のことを考えいるフリはしていますから、ステータスやプライドで自分を良く見せようとすることに腐心しています。
他人から見える自分を気にしているから、自身に合った絵や創作方法を示しても、自身の絵を変えれないのです。
他人からの見え方や評価、結果を気にするとモチベーションが高い時は頑張れますが、それ以外は頑張れませんし楽しめ無いし、更に他人が創作したモノにだけ楽しみ、評価だけがプロ気取りで評論します。
では、プライドとは何でしょうか?
誰しもが利己的な価値観はあります。
それは生存本能です。
でも、創作して自身も他人も喜んでもらえて評価が気になるのなら、想像力を高めて人が喜んでくれて自身が楽しめる創作方法を見つけて欲しいです。
それが見つかれば、環境のせいでは自身の夢や創作を諦める事はありませんから。
後一つ、諦める人達の共通の言葉があります。
私は絵は趣味だろうがずっと描き続けます。
真剣に趣味で楽しんでいる人達に失礼かな…
真剣に創作出来ないから、諦めるのに割り切る理由を他人などの環境責任に出来るのですよ。
私は創作は人生を豊かにする素晴らしい行為だと実感しています。
だから沢山の人達に、創作する可能性を広げれる環境を提供しています。
苦しい時もありますが、一緒に頑張って楽しんで生きていきたいですね。
人生は一度きりなんです。
posted by くま at 09:41| Comment(0) | 日記